地図を作る

ちせて


以前サラリーマンをやっていた頃「地図を作る人」だった。
といってもいちから作る「地図屋」では無い。毎朝40人ぐらいの隊員を10数か所の現場に派遣する「番頭さん」みたいな仕事だったので、「地図を作る」というか「道を説明する」の方が近いのか。地図をコピーして蛍光ペンで道筋をなぞって。元々方向感覚も割りと良く、道を覚えるのも得意だったので、結構「向いている」仕事だったかもしれない。
当時思ったのだけど、こちらが懇切丁寧に説明しても必ず現場に着けない人ってどういう人なんだろうって事。
大抵そういった人は迷った先から会社に電話をしてくるのだけど
「コンビニの右に居ます」
とか言うんだよな。お前がどっち向いて電話してるかワカランだろうが!「東西南北」とか「交差点を背にして」とか出てこない。
「途中の銀行が目印だったと思いますが、通り過ぎちゃいましたか?」とか聞いても「よく見てませんでした」
そりゃ、迷うよ。
今、作曲をして楽譜を作るという仕事をしている。
楽譜、特にパート譜はあの頃隊員に渡していた地図みたいなものだ。曲の出発点から目的地までの道順が書かれているものに過ぎないと思う。
何小節もの休みの部分も指揮を見ながら指を折って数えているだけでは、迷ってしまうだろう。
作曲や編曲に興味を持ったのは中学生の時に吹奏楽部でフルートを吹いていた頃だろうか。当然最初は渡されたパート譜と格闘しながら、なんとか「目的地」にたどり着く事に必死になっていたのだが、ある時突然「周りの景色」が見えた。
「周りの景色」とは、要するに「他の人がやってる音」が聴こえてきた、という事。
「ラッパがこう来たから俺がこう吹く」「俺がこう吹くと太鼓が盛り上がってくる」
指折り休符を数える事無く、自分の「現在地」が常に解るようになり、「今やるべきこと」が明確になった。
何十人もの演奏者が出している「ひとつひとつの音」の意味と価値が解った時、「この楽しさを絶対俺も」と思ったんだな。
「駅を右に出て3本目の通りを左、突き当りを右に曲がって20メートル」ってやるより
「銀行とコンビニの間を入って公園の脇を通って金子さんの家を左」って覚えた方が、目的地までの道程のイメージは湧いてくる。
音楽も一緒だ。