吹奏楽と私

はるちかし

え〜っと、中高約6年間「吹奏楽部」というのに所属しておりました。担当楽器はフルートとピッコロ。
今では、いろんなトコで「吹奏楽批判」みたいなことを書いたりしちゃってますけど、当時は部内の誰よりも熱心に取り組んでおりました。中高共に「部長」なんてのを任されるほど。
当然、多感な時期に真剣にやってたことなんで、そこからは多大な影響を受けております。
良くも悪くも。
自分が通ってきた道、関わりを持った音楽やバンドを、今更になって「あんなことやってた自分が恥ずかしい」などと思うのは、とても時間がもったいなかった気がするので、やらないことにしてますけど・・・
吹奏楽もういいや」ってなったのは確か。これがさっき書いた「良くも悪くも」の「悪くも」の方の影響。
「喰わず嫌い」ではなくて「喰ってキライになった」ってやつです(だから、未経験の人が「吹奏楽なんて」みたいな事を言うと途端に吹奏楽の「肩を持ちたくなる」メンドクサイ人です)
結局、あれですね。部活動の吹奏楽なんて「コンクールで一等になる」みたいな・・・他人が決めた「価値基準」に良し悪しを委ねるような音楽はイヤだなぁ、と思ったわけです。
「審査員に気に入られる音楽」「指導者が目指す音楽」
ウマければウマい学校の演奏を聴くほどに、それがあたかも「自分達の楽しみ」のように、まるで「洗脳」されてるように感じて、気持ち悪くなってしまった。
それでも、多くの仲間達と「ひとつしか音の出ない楽器」を持ち寄って、ぶ厚い音楽を作り出す快感を知ってしまった以上、そういった音楽に魅力を感じてしまうのですね。
これは「良くも」の方なのか「悪くも」なのか・・・少人数で小回りの効く音楽が好きだった方が楽だったかなぁ〜
そんなわけで、管楽器がいっぱい集まったバンドを結成してまもなく丸9年になります。
で、吹奏楽「経験者」の中には俺と同じような考え方を持ってる人もいっぱいいるみたいで。
すっかり「アンチ吹奏楽」になってしまって、しばらく楽器から離れてしまったり。
でも、同じように多感な時期に打ち込んだことなんで。
社会人になってから「楽しく楽器が演奏できる場所」を求めて、地域の吹奏楽団なんかに参加してみえる方も大勢います。
なんか不思議。俺からしてみれば「え〜!また吹奏楽?」なんだけど・・・
これの理由はよくわかってます。それは以前出した本に書きました。
で、まぁたまに社会人楽団で「ヘタでもいいから」みたいな事を言ってることがありますけど、これも吹奏楽経験をした人ならではの「悪くも」の影響だと思います。
「厳しい練習がない」イコール「楽しい」というのは、ちょっとヘン。
たしかに「あつ〜い風呂」から「ぬるい風呂」に移動すると「楽だな〜」ってのはあると思いますけど。
中高生の頃より人間的に成長したならば「あつ〜い風呂」も我慢できるだろうし、その意味も理解できるかもしれません。
だから、俺はよく「ウマい音楽が良いとは思わない」という事を書くけど「ヘタでもいい」とは絶対思わない。
第一、 聴きにくるお客さんに「ヘタな方が好き」なんているか?って話です。
なんちゅうか、中高生から社会人に至るまで、吹奏楽ってつくづく「お客さんの方を向いてない」という気がするのですね。
まぁ、ある意味「それが吹奏楽らしい音楽だ!」と言ってしまえば、そうなんだけど。
だから、ウチは「ブラスバンド」なんて名前が付いてるけど、最も「吹奏楽」と違う方向を見てる気がします。元々吹奏楽をやるつもりもないんだけど。
しかしですね、この紛らわしい名前のおかげで、多くの「吹奏楽関係者」のお客さんがいてくれるんですね〜ありがたくも、申し訳ない。
以前出したDVDも「吹奏楽専門レーベル」から直々に「出しませんか?」とお誘いを受けたという経緯も・・・
まるで「サギ」ですね。
で、この前も書いたんだけど、今度は「全国屈指の吹奏楽の街」へ呼ばれて行くですよ。
いやはや、なんとも「吹奏楽サマサマ」じゃないか。
所詮「アンチ」なんてのは「その事について考えてる」って証拠ですからね。
まったく関心がなければ、気にもならないわけで。
むしろ「好きだから文句がある」ってのが「アンチ」なんでしょうね。
「喰わず嫌い」」ではなく、好きという目線からの批判は、それはそれで「愛」じゃないですか。


と、今まで散々ボロクソに言いまくった事を取り繕っております。
どうか、吹奏楽関係のみなさま、過去の日記をさかのぼって読んだりしないでくださいね!