まだ疲れている

ミシンはズブの素人

え〜っと「ブクロ通い」の後遺症・・・というか、単純に「ヒローコンパイ」なだけですけど。
別にカンガイブカクオモイデニヒタルとかじゃなくてね。
ソーは言いつつも、いろんな事を思い出したり考えたりするわけです。
まぁ〜なんていうんですかねー!
「ワークショップ」ということ自体について・・・とか。
例年に比べればガッツリと時間をかけてやった「音楽班」ではありますが。
どうも「舞踏」や「美術」に比べて「分が悪い」というか・・・これは、期間中にも辰巳さんや立花くんなど一緒に講師として参加してたメンバーで話をしてたんですけど。
この「分が悪い」ってのは、言い方も悪いですけど別に参加してた人が悪いとかじゃなくて。
「ワークショップの性質に対して」とでもいいましょうか。
まぁ、話だすと長くなるので「はしょって」説明いたしますと。
世の中には「音楽教室」みたな形態で楽器に接してる人が多いわけです(もちろん独学の人もいっぱいいるとは思いますが)つまり「楽器は習う」という。「人に教えてもらう」という事を「当たり前」だと思ってる人も少なくないと思うわけです。
で、今回に限らず「ワークショップ」なんてのをやると、必ず「レッスン」のような感覚で参加する人ってのも少なくない。つまり「なにか教えてもらえるだろう」と。
まず「そういう場所じゃないんですよ」みたいなことを理解してもらわなくてはいけない。
特に楽器の技術云々に関してはまったく関係ない。
かといって一応「講師」という名目の人がいて、自分が「受講生」という立場で・・・これで「レッスンじゃない」ってどういうことでしょうか?という疑問が生じるのもわかる気がするのです。
これまでの「普通」と違うわけですから。
まず、そこが「分が悪い」わけですよ。ワークショップの性質と音楽って。
と、いうわけで今回も初日だけ参加して2日目から来なくなっちゃった人もいました。
おそらく「あ、なんか違う」と思ったんでしょうね。単に「楽器がウマくなるかも?」と思って来たのかもしれない。「レッスン」と混同してたとしたらそういうこともあるでしょう。
で、まぁ「音楽教室」だとか「教育」みたいな形での音楽を取り巻くアレコレはひとまず置いといて。
少々乱暴な言い方をですが「舞踏」や「美術」に関していえば「ズブの素人」でも「体験」という形でワークショップに参加することで「得るもの」とか「その人なりに出来ること」ってのがあると思うのですが・・・だから「初心者歓迎」なんて広い形での公募も可能なんだと思います。
これは偏見かもしれないけど、とりあえず「入り口」の敷居は低いような気がする。
というか「ワークショップに参加する」というのが舞踏や美術の「入り口」として成り立つような気がするのです。そこから造詣を深めていく、みたいに。
でも音楽の場合「ある程度、楽器が演奏できないと」ってのがあるわけです。「体験」するにも、手取り足取り「音を出す」のレベルで楽器と格闘してるんじゃワークショップにならんのです。
さっき「楽器の技術云々に関してはまったく関係ないわけです」と書いておきながら、この矛盾。
もちろん、その場でパーカッションなんかを自作してリズムのワークショップをやる、といった「子供向け」みたいな「誰でも参加できる」みたいなヤツもあるんですけど。
今回の場合は「自分が普段演奏してる楽器を持って来い」ってヤツですから・・・そこには暗に「最低限の楽器のコントロールが出切る人」という制限がかかってるようにも思えるのです。
そうは言っても、もし「最低限の楽器のコントロールが出切ない人」が来たとして「話になりません」と追い返すわけにもいかないわけですから・・・実際「楽器のウマいヘタなんて音楽に関係ない」と思ってるし、そこを「わかって欲しい」ってのが大前提だったりもするわけですし。
いや〜ホントそういうのが難しいです。
音楽・舞踏・美術・・・どれが上でどっちが下とか無くて、単純に「入り口」の問題。
ただ、音楽における「楽器」ってのは美術で絵に色を塗る時なんかの「筆」と同じで。
「ワークショップでわざわざそんなこと教えると思う?」ぐらいは言いたくなったりするわけです。
で、これも「ただ」なんだけど・・・またもや乱暴な言い方をしますが(奥の深いテクニックがあることも重々承知してますが)「筆ならまだズブの素人でも」ってのはあると思います。
同じ「ズブ」でも「筆」と「楽器」で出切る事の差はかなり大きいのではないか?と思うわけです。
音楽とか美術じゃなくて、その為に使用する道具の操作性には多少なりとも上下はあるような気がします。
で、ですね。これも「ただ」なんですが、それを「どうこう」ってのは「入り口以前の問題」だと思うんですよね。
まぁ、長々と書いちゃいましたけど、今後も「ワークショップ」みたいなことに関わると同じように感じることがまたあるんじゃないか?と思ってるわけです。
で、最後の「ただ」ですけど。
「もうカンベン」とは思ってなくて、次回から「もし楽器のコントロールがままならない人」がワークショップに参加しても、それなりに音楽を作れるカリキュラムみたいなことはたくさん思いついたりしたのでした。
試す日はくるだろうか。