緊張の夏、薬味の夏

bousisensei2008-06-04


まぁ、そばとか年中っつったら「一年中」なんだけど、そうめん・ひやむぎはやっぱり夏の喰いモンって感じがしますよね。
で、この「夏の喰いモン達」は、なんともイライラする「食べ方はお好みで系」でもあるのです。
もし、どこかで俺と同席する機会があったとしたら、特に薬味にはご注意ください。
たとえば、もりそばなんかを注文して。
はじめから「そば猪口」に汁がなみなみ入ってる場合は、まぁしかたないとして。
「とっくり」みたいな入れ物に汁が別で出てくる店とかありますよね。
で、それをいきなりドボドボーッと全部入れちゃう人とかいるじゃないですか!
「あー信じられん!」とイライラ。
なんの為の別出しだよ?
あれは、やっぱり食べてるうちに味が薄くなったりした時に、その都度足していくものでしょう?もしくは薬味を入れた汁を一度リセットする為とか、最後に蕎麦湯を飲むときの辛さの調節とか。
最初に全部入れちゃったら、そういうのが全部パーじゃん!
そもそも、俺は鍋の時のポン酢なんかも、なみなみ入れるのは「どうか?」と思うのだ。
別にみみっちい事は言いたかないんだけど、もったいないと思う。
あんなもんは、すぐに味が薄くなってしまうんだから、ちょっとずつ入れて、また足してってやった方が美味いと思うんだな。
で、汁問題でイラッとして、今度は薬味ね。
ついてるネギもわさびも、うずらの卵なんかが付いてくる場合もあったりするけど、それをいきなり全部ドバッと入れちゃう人!
「マジかよ!」とイライラ。
もちろん、味の調整は好き好き、人それぞれで良いのだがな。
それに、ウンチクのコーヒー屋みたいに「まずはブラックで」みたいな事を押し付ける店ってのは好きじゃない。
でも、いきなり全部は無いだろう。
よほど何度も来ている店で、ベースとなる汁の味を熟知していると言うならまだ許せる。それでも日によって微妙な違いもあるだろう。
何故、それを味わって確かめないか?
よく、ラーメンなんかでも、いきなりコショウをババッとかける人がいるけど、あれも信じられないなぁ。
スープによっては「あわない」場合もあり得るじゃないか(さらに言ってしまうとコショウのコンディションも様々で気を使っていない店だと香りが飛んでしまっていたり)
「コショウのかかったラーメンが好き」であっても、先ずかかってない状態ってのを知って「やっぱり、コショウは良いね〜」じゃないのか?
だから、百歩譲って何度も通ってる店で「出来立てに、3回パッパッパッがベスト」とか、もうわかってるなら別だけどって話でね。
それでも、料理人が「はいよ!」と出した物は「まずそのまま」味わいたい。
料理人の考える「完成品」を食べたら良いじゃないか。
で、せっかく入れるタイミングに「自由」が許されている調味料なんだから、ゆっくり味のグラデーションを楽しむようにプラスしていった方が、と思う。
最初からかけちゃったら「店の味」なのか「自分でカスタマイズした味」なのか?じゃん。
俺はどっちかというと「コショウ無し派」なんですけど、それでも初めて行った店ではレンゲにスープをひとすくいして、そこにチラッとコショウを浮かべて「コショウがプラスされた味」ってのも確認するようにしているのですね。
話を薬味に戻しますけどね。
やっぱり「お好み」の薬味ってのは、いろんな楽しみ方をするためにあるもんだと思うんですよ。
まずは、そばだけ喰ってみる。次に汁につけて喰ってみる。
で、ネギ足してみる、わさび入れてみるとか。
それで「あ、ネギなしでわさびだけの方が美味しいかな」ってなった時のリセット用に「とっくり」の汁があるわけじゃないですか。
別に「わさびは汁に溶かず、そばに直接乗せて」とかそういう「こだわり系」のうるさい事を言うつもりはないのですよ、それは好き好きで良し。
ただ、そういう楽しみが何も出来ないのですよ。「いきなりドバッの人」は。
とにかくね「こうすると美味しくなる」というよりも、さっき書いた「ラーメンにはコショウ」みたいに「思い込み」でやっちゃってる人って結構多いと思う。
で、そういうのを見ると「イライラ」というかガッカリするのですね。
「大雑把な人だなぁ」と。
(似たような話で「イベントといえば生バンド!」みたいな大雑把な主催者に呼ばれて行ったは良いけど、他のブースとバッティングして「うるさい!」なんて迷惑がられる事もしばしば)
だから、あまり良く知らない人とそばとか喰いに行きたく無いのです(まぁ、俺みたいにいちいち「何か言いたそうな」メンドクサイ人と行くのもイヤだろうけど)
後、トンカツとかにいきなりソースを全部かけちゃうとか。
ソース味って特に強烈だから、ほとんど「何喰ってるかわかんない」になるじゃん。
っていうか「何喰っても同じ」に。
だから「ソースの味が食べたいな」なんて串カツ屋に行ったら中の「身」は別に肉じゃなくても野菜とかちくわで十分なんですよ。
美味しいトンカツは「塩&マスタード」とかイケるから、最初の2切れぐらいは、それで行きたいですね。肉の味も良くわかるし(かといって「当店は塩で味わっていただくのでソースはお出ししません」みたいな店はイヤ)
焼き鳥なんかでも「塩?タレ?」って聞かれたら、ホントは「一口食べてから考えさせて」とか「タレだけちょっと舐めさせて下さい」とか言いたい時もある(ただし、舐めた後で「塩!」とは言いにくいんだよな)
基本「塩派」なんだけど、たまにビックリするぐらい美味しいタレで、部位によってはすごく合うお店ってのもあって、それを知らずに済ませてしまう場合も結構あるのですね。
で、後から「あそこはタレだよ」なんて聞かされてショック!とか。
それから、ステーキやハンバーグのソース。
厨房であらかじめかかって出て来るのはしょうがないとして(それでもオーダーの時に確認してたいていやめてもらう)テーブルまでプレーンの状態で持って来ておいて「油がはねますから」とか言って、目の前でたっぷりかけるやつ!
それも、ちゃんとしたコックじゃなくてバイトとかパートのおばさんとかがって、あれでサービスのつもりか?
家族連れなんかは、まだ微笑ましいけど、ヤンキーカップルがうれしそうにナプキンひろげてるのを見ると「バカじゃないか?」と笑ってしまう。
「自分で出来ますから!」って話じゃない?「俺の肉になにすんだ!」ってね。
「ソースかけないと喰えないほどマズイ肉なのか?」とか「まずは塩で食わせろ!」ってね。
長々と書いてしまったけど、こういうのって俺だけか?
みんな「食べ方」とかもっと適当で良いと思ってるのだろうか?
その割りに、というか普段「ドバッ!」の人のクセに最近テレビとかでよくやってるからって「ひつまぶし」の
「一杯目はそのまま、二杯目は薬味を載せて、三杯目はお茶漬けで 」
みたいな事は詳しかったり、うるさかったりすんだよな。
あんなもん、特に2口目からは好きで良いじゃん。
それに、どう考えても「おひつ」の中身を3等分にすると、それぞれの量が多すぎて、茶碗に山盛りになってしまうではないか。
それを、どう「茶漬け」にしろというのだ?
あんな伝統も由緒もない、しょせん女中が考案した田舎料理にありがたがって「作法」みたいな事を言うのがおかしい。
あんなもんこそ、適当でいいのだ。
で、今「作法」って言葉が出てきたけど、俺が言いたいのは「薬味の作法」とかじゃなくて、あくまでも「楽しみ方」とその「可能性」の話。
作法は理にかなってる場合もあるけど、たいていが窮屈である意味「思い込み」ともいえる不自然さを感じる事もある。
そうじゃなくて「もっと、いろいろ自由に楽しみましょうよ」って話です。
今日はホントに長くなっちゃったので(400字詰め原稿用紙7枚半!)オチありません。
とにかく、今年の夏は「ドバッ!」をやめてみませんか。