なんといいますか・・・

コレだけですよ。

レイハラカミさんの突然の訃報にはホント驚きました。
身体を悪くしてるって話も聞いてなかったし、前日まで(実際亡くなる数時間前)ツイッターなんかでもつぶやいてたんで「ウソ?!」と。
ここ数年で知った音楽家の中で間違いなく一番衝撃を受けたアーティストでした。
手がけた作品全てが一聴するだけで「あ!」とわかるほど、名札のかかったようなオリジナリティのある音楽。
「いつの時代の話をしてるんだ?」って言われるかもしれないけど、初期のYMOだとか富田勲さんだとかが、それこそ「家一軒分」ぐらいの機材でいわゆる「電子音楽」みたいな事をやってた時代。
ある意味そういった音楽は金銭的にも恵まれた一部の人にしか出来ないことだったと思います。
それに比べると最近は「プロ・アマ関係なく」というか、一通りのことが出来るような機材が手軽に入手できるようになった。
これは音楽に限らず、写真や絵画・デザインにも言える事だと思うのですが。
「それはそれでいいこと」だと思ってます。
ただ、新製品の電子楽器を紹介する記事などで「新しいガジェットの登場です」なんて文字(楽器にも関わらず!)を目にすると・・・「さもありなん」とでもいうか。
さっき「それはそれでいいこと」と書いたけど。
あくまで、それは一部の「金銭的に恵まれてる人」だとか「演奏技量に秀でてる人」にしか音楽ができないってのは良くないと思うからというのが先ずあるんだけど。
ガジェット(=道具)が同じであれば、誰が作っても同等のものが出来るなんてモチロン思ってなく。
むしろ「技量」なんかよりずっと重要な部分が勝負の分かれ目になる・・・という「表現」における正しい基準での「良し悪し」が出ると思うからってこと。
「あの人は楽器がウマいから」とか「高い楽器を使ってるから」なんてのが関係なくなるって事。
ハラカミさんがメインに使っていた機材なんて、1996年に発売されたもので、今ならヤフオクで2万もしないで買えるようなもの。
でも、そんな「誰でも買えるような」ただのガジェットをちゃんとオリジナリティあふれるサウンドを作るインストゥルメント(=楽器)の粋まで持っていくってのが一番スゴイとこだと思うし「音楽家として」ものすごく真っ当な姿勢だと思うのです。
そんなハラカミさんと来月とあるフェスの同じ日・同じステージに出演することが決まって(yanokami と渋さで)・・・ものすごく楽しみにしていたので非常に残念でしかたありません。
それから・・・これは大変オコガマシイ言い方になりますけど。
俺がハラカミさんの音楽が好きな理由として「通じるもの」というか、とても「似ている部分」があると感じているのです。
みなさんもちろん反対する以前に、表面的な「エレクトロニカ」のサウンドを聴く限りは「どこが?」と全員が思うでしょうけど。
聴こえてくる音からイメージする情景とか浮かんでくる映像が・・・はじめて聴いた時に「あ!」と思ったんですよね。
それと、やっぱり年齢が近いせいかテクノやハウスといった音楽からの影響・・・俺もブラバンってアコースティックな楽器編成でありながら、アレンジの組み立てのベーシックになってる部分がハラカミさんの手がけた数々のリミックスに似たものを感じるのです。

これとかな〜!
先日、大阪に行った時、どういう流れだったか忘れたけど「最近、涙腺がゆるくなった」「すぐ泣くようになった」って話になって「あ〜俺も」ってなったんだけど。
この「くるり」のリミックスとか、別に「今日のタイミングだから」ってハラカミさんが亡くなったとか関係なくイントロのサウンドが聴こえてきただけで毎回涙が出るんだよな〜
よし!今日はもう泣くか!
くるり」つながりでコレとかどうだ?!

(もうハラカミさん全然関係なくなってますが)

いや〜この日のコンサートはスゴイですねー!「泣かせ」のクオリティ高すぎ!
ついでにもう一丁いくか!

俄然、やる気が出てきたぞー!