記憶が敷居を低くする

俺が「記憶」と書いてきた事を人によっては「知識」と言う人もいるかもしれないけど、そんな大そうな物ではないと思う。
「何かを作り出すこと」を最初から諦めてしまっている人の多くは「特別な事を学んできていないこと」を理由にする人が多いと思うのだが、それは「知識」を意識する弊害だ。たしかに「学ぶこと」で得られるものが「知識」かもしれないが、そのまま「何かを作り出すこと」に用いるならば、それはただの「受け売り」ではないか。
だから「何かを作り出すこと」に大切なのは「経験」を「生かすこと」なんだと思う。
「経験」というと、若い人には不利で長く生きるほど有利に聞こえるかもしれないけど、若い人は若い人なりに、年寄りは年寄りなりに「物事をどう捉えているか」ということを発表していけばいいのではないだろうか。「自分発のオリジナルな何かを作り出す」っていうのはそういうことなんだと思う。